事業を営む際、通常は個人事業か法人かを選択することになります。
同じ事業でも個人と法人では適用される制度や税制が異なるため、どちらを選ぶかは状況に応じてよく検討したいところですが…
中には、法人と個人事業を掛け持ちで経営している、という経営者の人もいます。
そこで本記事では個人事業と法人を掛け持ちとはどういったことなのか?どんなメリットがあるのか?デメリットや注意点は無いのか?ということについて詳しく説明していきます。
個人事業主と法人は掛け持ちできる?
まず、そもそも個人事業主として事業を営みながら法人を経営する、といったことは可能なのでしょうか?
結論から言うと、可能です。
実際に法人の代表取締役や役員として会社を経営しながら、個人としても事業を営んでいる、という人は多くいます。
ただしここで注意したいのが、同じ事業で法人と個人の掛け持ちはできない、ということ。
同じ事業で個人と法人の掛け持ちが可能となると、たとえばある事業で1000万円の売上が上がった際、本来は個人あるいは法人一社で1000万円の売上に対してかかる税金等を支払わなければいけないところ、個人事業2つ、法人3社のような形で計5社(者)として意図的に売り上げを分散・調整することが可能になってしまいます。
そうなると、厳密な計算は省きますが、それぞれの事業の売上が低くなったり、それぞれの事業で控除を利用できるため、一社で1000万円に対する税金を支払うよりもはるかに低い税金で収まることがイメージできるのではないでしょうか?
これが実現できれば経営者からすると夢のような話ですが、そうした行為は『租税回避』と言われ、認められていないのです。
ですから、たとえば個人事業主として始めた事業が伸びてきた場合は、利用できる制度やかかる税金などを計算して、個人事業のままでいくのか?法人に切り替えるのか?(法人成り)を選択することになります。
個人事業主と法人を掛け持ちするメリット
今見てきたように、注意点はあるものの、個人事業と法人を掛け持ちすること自体は可能ですし、実際にそうした形態で事業を経営する人も多くいます。
では、個人事業主と法人を掛け持ちするメリットとは何なのでしょうか?
節税効果が大きくなる
個人事業と法人を両方経営する最大のメリットは、節税効果でしょう。
たとえば事業Aの売上が年間300万円、事業Bの売上が年間700万円となった場合、どちらの事業も個人あるいは法人ひとつで行っている場合、年間売上が1000万円を超えるので課税事業者となります。
しかし、事業Aを個人、事業Bを法人のように分けている場合、それぞれの売上は1000万円を超えていないので免税事業者となり、消費税の支払いをしなくても済むようになります。これを同じ事業で分散させることはさきほども説明したように租税回避となるためNGですが、別々の事業であれば別々の事業体が運営していてもなんら不自然ではないため、事業ごとに個人や法人を分けることで税負担を軽くすることが可能になります。
また売上にかかる消費税だけではなく、個人事業主としては最大65万円の青色申告控除が受けられ、同時に法人の役員として役員報酬を支払えば給与所得控除を受けることができます。
法人の役員報酬は損金算入できますし、役員には配偶者控除があったり、家族を役員にし給与を支払うことで所得を分散させることも可能になります。
その他、たとえば法人だけに認められている出張手当など、個人事業主のよりも法人のほうが経費の幅が広いため、制度を上手に活用することで事業を個人か法人ひとつにまとめるよりも、はるかに高い節税効果を得ることができます。
社会保険料の負担を抑えられる
また税金と同様、社会保険料の負担も個人事業と法人の掛け持ちで抑えることができます。
個人事業主の場合、通常は国民健康保険と国民年金に加入します。
法人の場合は、社会保険として健康保険と厚生年金に加入します。
どちらも所得に応じて保険料が増えるのは同じですが、社会保険は労使折半(会社と従業員が半分ずつ負担)するため、個人としての支払いは少なく済みます。
また、社会保険には扶養家族の制度があるため、家族がいても保険料は本人分のみ支払えば良いのですが、国保には不要という概念がないため、配偶者や子供などがいる場合は家族がそれぞれ被保険者となり、全員分の保険料を納める必要があります。
このため、保険料に関しては法人の従業員として支払うほうが安く済むケースが多いのです。
また個人事業主と法人を掛け持ちしている場合、法人の一員として社会保険料を納めれば別途個人事業主として国民健康保険や国民年金を納める必要がなくなります。
特に法人から貰う給与(役員報酬)が少ない場合、大幅に社会保険料を抑えることが可能になるのです。
この個人事業主として事業を行いつつ、法人を設立して低い負担額で社会保険に加入する、といういわゆる”マイクロ法人”が近年増えているのも、こうした節税・社会保険料負担軽減が大きいためです。
利用できる補助金や助成制度が増える
また個人事業と法人を掛け持ちすれば、利用できる補助金や各種の助成制度の種類も多くなります。
これらは単純に、様々な制度が個人事業主を対象しているものと、法人を対象としているものの二種類に分かれるからです。
もちろんただ個人事業主であれば受けられる、法人であれば申請できるということではないですが、通常であればそもそも事業形態が異なるために申請資格が無いものでも、個人と法人両方で経営をしていれば少なくとも一番最初の段階はクリアできるわけで、チャンスが2倍になると言っても良いでしょう。
国や自治体による補助金や助成金などは基本的に返済不要ですから、資金調達の幅が大きく広がります。
法人としての信用を利用できる
また法人を経営していることは、社会的信用にも繋がります。
一般的に、同じ事業でも個人事業主よりも法人のほうが信用度は高くなる傾向にあります。
以前は株式会社設立にあたって、資本金が最低1000万円必要と会社法で定めれていました。法改正され資本金は1円でも設立可能になりましたが、株式会社の設立には手数料など諸々で概ね30万円前後かかります。一方、個人事業主として開業する場合には費用は掛からず、税務署に用紙を提出するだけです。
こうした理由からも、実態は別として、いまだに個人事業主よりも法人のほうがちゃんとしている、といった印象を抱く人も少なくありません。実際に法人としか取引しないという会社も多く存在します。
また、銀行融資など資金調達においても、個人事業だけでなく法人を適切に運営していることは心象が良くなるケースもあります。
このように、法人を持っている、法人格があるということは目に見えない部分で、想像以上にプラスに働くことも少なくないのです。
個人事業主と法人を掛け持ちするデメリット
ここまで説明してきたように、個人事業主と法人を掛け持ちすることにはメリットが多くあります。
しかし、反面デメリットも存在します。
ここからは個人事業主と法人を掛け持ちするデメリットについて説明していきます。
事務処理が複雑になる
個人事業主と法人を掛け持ちする大きなデメリットは、事務処理の複雑化です。
特に元々個人事業だけでやっていた人が新たに別に法人を持つとなると、事務処理の大変さは想像以上のものになるでしょう。
これは単純に個人事業と法人の二つ分の処理が必要になるだけではなく、法人の事務処理は個人事業よりもはるかに複雑なため。自力で処理することも不可能ではありませんが、非常に難解な作業になります。そのため、法人では専門の経理担当者や部署を置きつつ、決算処理など最終的には専門家である税理士に依頼することがほとんどです。
全ての処理を自分一人でやらないにしても、領収書や請求書など最低限の書類の準備だけでもやることは倍に増えますし、トータルすると個人事業のときとは比べものにならない量の事務負担が増えることになります。
支払う税金が増える
また、個人事業主と法人を掛け持ちで経営する場合、当然そのどちらでも税金を支払う必要があります。
たとえば個人事業主の場合、売上がゼロだったり赤字の場合、基本的に納めるべき税金は発生しません。一方で法人の場合、仮に赤字だったとしても法人住民税の均等割額7万円は必ず納める必要があります。また個人と法人それぞれに売上があれば、当然それぞれに各種の税金が課されます。
また厳密には税金ではありませんが、法人を設立すれば社会保険の加入も必須になります。たとえ社長しかしない一人会社だとしても、社会保険には必ず加入しなければなりません。
さきほど個人と法人を掛け持ちして上手に活用すれば税金や社会保険料を抑えることができると説明しましたが、場合によっては本来不要であったはずの税金などを支払わなければいけないことになる可能性もありますから、本当に掛け持ちするほうが得なのか?はしっかりと計算する必要があります。
将来受け取る年金が少なくなる
法人で社会保険に加入して月々の保険料を抑えることができるということはメリットの項で説明しましたが、それは逆に言えば受け取れる年金額が減る、ということでもあります。
特に法人で社会保険に加入しつつ、受け取る給与や役員報酬を低くしている場合、現在の厚生年金の負担が低くなる一方、将来の年金受取額も減ってしまう、という点には注意が必要です。
せっかく厚生年金に加入するのであれば、ある程度の額を受け取りたい…と考えている場合、当然社会保険料も一定程度支払う必要があります。その場合、法人で受け取る給与もある程度高く設定しなければいけませんから、所得税などの兼ね合いも検討しなければいけません。
どの選択が自分にとってベストなのか?はよくよく検討する必要があるでしょう。
売上規模が小さくなる
ここまでは税金や社会保険料など、主に個人としての収入や支出に関してのお話でしたが、法人と個人を分けるということは、当然事業そのものにも影響します。
その最たる例が、売上規模の現象です。
法人と個人でうまく売上調整をして支払う税金などを抑えられるのが掛け持ちのメリットですが、当然売上を調整している以上、それぞれの事業の売上規模は小さくなってしまいます。
たとえば個人事業でも法人でも、ひとつの事業体で運営していれば本来は売上が1000万円あったところ、分割することで400万円と600万円の事業になってしまう、ということです。
金額を一桁大きくして、本来は1億円の事業体だったにもかかわらず、分割することで5000万円ずつの事業体になってしまう、という感じ。
そうなると、売上1億円の企業と5000万円の企業では価値が全く異なりますから、資金調達や経営方針において取れる戦略の幅が狭まり、不利に働いてしまう可能性があります。
特に事業を大きく、スケールさせていきたいという場合はむやみに売上調整をすることは必ずしも徳とはならないかもしれません。
まとめ
今回は、個人事業主と法人の掛け持ちについて解説してきました。
要点をまとめておきましょう。
- 個人事業主と法人の経営は掛け持ちできる(同じ事業はNG)
- 上手に掛け持ちすることで税制面などで大きなメリットがある
- 掛け持ちすることで負担も増えるので専門家に相談するのが吉
基本的に、ほとんどの経営者にとって個人事業主と法人を掛け持ちすることはメリットが大きいです。
特に小規模な事業の場合、上手に活用すれば税金や社会保険の支払いを大きく抑えることができ、より多くのお金を手元に残すことができるでしょう。
一方で、掛け持ちすることによるデメリットもありますし、本当にメリットがあるのか?は人それぞれ状況によって異なるため、しっかりと計算・検討する必要があります。「なんとなくお得になるっぽい」では、逆に損をしたり後悔することにもなりかねません。
考慮すべき事項も非常に多く、計算は煩雑かつ膨大になるため、自分だけでは不安な場合は専門家に相談してみるのが良いでしょう。