「税務調査」という言葉を聞いて、どんなイメージを持ちますか?
- ある日突然、スーツの男たちがやってきて、根掘り葉掘り調べられる
- 何か少しでもミスがあったら、とんでもない罰金を払わされる
多くの方が、そんな漠然とした、そして少し怖いイメージをお持ちかもしれません。
特に、ご自身で事業を始めたばかりの方や、経理に詳しくない方にとっては、「得体の知れない怖いもの」と感じるのも無理はありません。
この記事は「そもそも税務調査って何のためにあるの?」「どんなことをするの?」「なんでうちが選ばれるの?」といったことを、分かりやすく解説します。
税務調査の準備や当日の流れについては下記で詳しく解説しています。
なぜ税務調査はあるの?日本の「申告納税制度」という大前提
日本の税金制度は、私たち法人や個人事業主が、自ら所得と税額を計算して国に申告・納税する申告納税制度で成り立っています。
これは、国が納税者を信頼するという性善説に基づいた、非常に成熟した制度です。
国は「皆さんが誠実に計算し、正しく納税してくれることを信じています」というスタンスなのです。
しかし、もしその信頼だけに委ね、誰もチェックしなかったらどうなるでしょう?
単純な計算ミス、知識不足による誤り、そして残念ながら意図的な不正…。
様々な理由で、申告内容に歪みが生じます。それでは正直者が馬鹿を見る、不公平な社会になってしまいます。
そこで登場するのが税務調査です。
これは、申告納税制度の根幹である「公平性」を維持するため、「性悪説」の視点も持ち合わせた、いわば「信頼を担保するための答え合わせ」のプロセスです。
その最大の目的は、誰かを罰することではなく、正直に頑張るすべての納税者が報われる社会の根幹を守ることにあるのです。
この大前提を腹の底から理解するだけで、調査官からの電話の重みは、全く違ったものに感じられるはずです。
「任意調査」と「強制調査(マルサ)」の決定的違い
ニュースで見る「マルサ」のイメージから、「ある日突然、大勢の職員にダンボールを持って踏み込まれる」という光景を想像していませんか?
それは「強制調査」と呼ばれ、裁判所の令状を伴う、極めて悪質かつ巨額な脱税が疑われる場合の「刑事事件の捜査」です。
国税庁の発表によると、年間の着手件数は100件程度であり、全法人数から見れば極めて稀なケースです。医師に例えれば、命を救うための「緊急大手術」と言えるでしょう。
向き合うことになるのは、そのほとんどが任意調査と呼ばれるものです。
こちらは、体の状態を定期的にチェックするための「総合健康診断」に近いもの。
事前に「〇月〇日に、帳簿などを拝見させていただきたいのですが」と極めて紳士的な電話があり、日程調整も可能です。
「任意」という言葉がついていますが、税法上の「質問検査権」に基づく調査であり、納税者には調査に協力すべき「受忍義務」があると解されています。
正当な理由なく拒否はできません。
しかし、これは「無理やり言うことを聞け」という意味ではありません。
病気や災害、業務上どうしても外せない重要な予定など、社会通念上やむを得ない理由があれば、日程の延期は認められます。
強制調査とは全く性質が異なる、冷静な対話の手続きであることを、まずは心に刻んでください。
国税庁の巨大データベース「KSKシステム」は会社の「異常値」を見ている
「なぜ、星の数ほどある会社の中から、ピンポイントでウチが?」
その答えは、決して「運が悪かったから」ではありません。
その選定プロセスの中心にいるのが、国税庁が進める「税務行政のDX」の中核を担う「KSK(国税総合管理)システム」です。
国税庁の公式発表によれば、これは全国の納税者の申告内容や各種資料情報を一元的に管理するデータベースです。
このKSKシステム等を活用し、あなたの会社の申告データと、過去のデータや業界ごとのベンチマーク(平均利益率など)を比較し、次のような「特異な点(異常値)」を検知していると考えられます。
- この飲食店の売上総利益率は業界平均40%なのに、この店は15%しかない。何らかの計上漏れや原価の過大計上がないか?
- 3期連続で赤字申告だが、代表者のSNSでは高価な資産の購入がうかがえる。事業以外の所得や、個人的経費の付け回しはないか?
- 売上高が前年比200%と急成長しているのに、支払う消費税額は微増。課税売上に誤りはないか?不正還付の可能性はないか?
AI等によるスクリーニング結果と、その他様々な情報(取引先からの情報、第三者からの通報等)を基に、経験豊富な調査官がさらに分析を行い、調査対象が最終的にリストアップされるのです。
【要警戒】調査のきっかけになりやすい、会社・個人事業主の10の特徴
KSKシステムや調査官は、具体的にどのような点に「確認の必要性」みているのでしょうか??
自社に当てはまる項目がないか、客観的な目でチェックしてみてください。
特徴 | 税務署はこう考える |
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売上や利益が急激に伸びている | 嬉しい悲鳴だろうが、急成長の裏では管理体制が追いつかず、売上計上漏れや単純ミスが頻発する可能性がある。確認の優先順位は高い。 |
長期間、赤字申告が続いている | 企業は利益を追求する組織。赤字続きで存続できるのはなぜか。生活費の源泉は?利益を意図的に圧縮していないか? |
同業他社と比べて利益率などが異常値 | 証拠が残りにくい現金取引は、売上計上漏れが発生しやすい。伝統的に調査の優先順位が高い業種。 |
消費税の還付申告をしている | 正当な還付はもちろんあるが、架空仕入れによる不正還付は後を絶たない。国庫からお金が出ていくため、チェックは当然厳しい。 |
海外取引(特にタックスヘイブン)がある | 国境を越えた利益移転による租税回避は、国税庁が最も注力している分野。国際税務の専門家が投入され、調査は極めて厳格になる。 |
社長や家族との間で不透明な金銭取引がある | 役員貸付金や個人的支出の経費計上など、公私混同は不正の温床。会社の調査をきっかけに、社長個人の資産背景まで確認対象となる。 |
過去の調査で不正や申告漏れを指摘された | 一度「問題あり」と指摘された納税者は、重点管理対象。指導通りに改善されているか、必ず「追跡調査」のリストに入る。 |
大きな設備投資や不動産売買があった | 多額の資金が動く時、会計処理は複雑化し、誤りが生じやすい。その資金の出所や処理の妥当性は格好の調査テーマだ。 |
そもそも税務申告をしていない(無申告) | 最もリスクが高い状態。取引先のデータ等から無申告はほぼ100%捕捉されている。発覚した場合のペナルティは最も重い。 |
税務調査の3つの結末「是認・修正申告・更正」
税務調査が終了すると結末は、主に以下の3パターンに該当します。
結末 | 意味と実態 |
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申告是認(しんこくぜにん) | 「あなたの申告は完璧でした」という、国からのお墨付き。 後日「申告是認通知書」が送られてくる名誉ある結果です。しかし、国税庁の発表(令和4事務年度 法人税等の調査事績の概要)によれば、実地調査(特別調査・一般調査)での是認割合は12.9%であり、狭き門であるのが現実です。 |
修正申告(しゅうせいしんこく) | 調査官からの指摘事項について、納税者側も納得・合意し、自ら申告内容を修正・納税する手続き。税務調査の多くがこの形で決着します。 税理士が間に入ることで、事実関係や法解釈を交渉し、納税者にとって最も有利な条件での「円満な手打ち」を目指すのが現実的なゴールです。 |
更正(こうせい) | 納税者が税務署の指摘に最後まで納得せず、修正申告に応じない場合に、税務署が職権で税額を強制的に決定する行政処分。 これに不服がある場合は、異議申し立てや国税不服審判所への審査請求、さらには裁判へと進むことになります。(詳細はFAQ参照) |
税務調査に関するFAQ(よくある質問)
調査の連絡が何年くらい来ないと安心できますか?
税金の時効(除斥期間)は原則5年、偽りその他不正の行為があった場合は7年です(国税通則法第70条)。
しかし「未来永劫、絶対に来ない」保証はありません。
最高の安心材料は、「いつでも調査を受けられるクリーンな状態」を維持することです。
調査官にお茶やお昼は出すべきですか?
お茶やコーヒーを出す程度は問題ありませんが、高価な菓子折りや昼食の提供は絶対にNGです。
調査官は国家公務員倫理規程により利害関係者からの供応接待を厳しく禁じられており、あなたの善意が「買収行為」と見なされ、心証を著しく悪化させるリスクしかありません。
帳簿や領収書は何年分保管すればいいですか?
法人の場合、帳簿書類や取引に関する書類は、法人税法で原則として7年間の保存が義務付けられています。
さらに、青色申告書を提出した事業年度で欠損金(赤字)が生じた場合は、その保存期間が10年間に延長されます。
調査を拒否したり、嘘をついたりしたらどうなりますか?
最悪の選択です。正当な理由なく調査を拒否・妨害すれば、「検査拒否妨害等」として1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります(国税通則法第128条)。
また、虚偽の答弁は、単純なミスだったものまで「隠蔽・仮装」と認定され、「重加算税」が課されるリスクが飛躍的に高まります。
個人の預金通帳まで見られますか?
はい、見られる可能性は非常に高いです。
特にオーナー社長の場合、会社のお金と個人のお金が混同されやすいため、事業との関連性を確認する目的で、代表者やその家族名義の預金通帳の提示を求められることは、調査の標準的な手続きです。
調査結果に納得がいかない場合はどうすればいいですか?
税務署から「更正」処分を受けた場合、その内容に不服があれば、処分の通知を受けた日の翌日から3ヶ月以内に、税務署長に対して「再調査の請求」を行うか、国税不服審判所長に対して「審査請求」を行うことができます。
まずは税理士等の専門家と、処分の妥当性や証拠の十分性を慎重に検討することが重要です。
【まとめ】税務調査はもう怖くない。「正しい知識」と「誠実な記録」を身に着けよう
最後にこの記事のまとめをピックアップします。
- 税務調査は、罰ではなく「公平性を守るための答え合わせ」である。
- 調査対象は、運ではなく「データ」に基づき合理的に選ばれる。
- 最強の防御は、「事業のため」と客観的に証明できる、日々の誠実な記録である。
税務調査は「会社の健康診断」です。日頃から健康に気を付けていれば、何も恐れることはありません。
万が一、検査で異常値が見つかっても、真摯に受け止め、生活習慣を改めれば良いのです。
【免責事項】
本コンテンツに掲載された情報は、2025年6月26日時点の法令等に基づき、一般的な情報提供を目的として作成されたものです。特定の納税者に対する個別具体的な税務アドバイスを提供するものではありません。本記事の情報を利用した結果として生じたいかなる損害についても、作成者および監修者は一切の責任を負いかねます。実際の税務判断、申告、および税務調査への対応にあたっては、必ず顧問税理士等の専門家にご相談ください。