事業を営むにあたって、法人と個人事業主のどちらかを選択することになるでしょう。
ではいったいどちらを選択するのが良いのでしょうか?
個人事業主と法人では、適用される税制はもちろんのこと、設立や運営、清算に至るまで全く手続きが異なりますから、多方面から検討する必要があります。
そこで今回は個人事業主と法人では、どちらがお得なのか?ということについて、様々な観点から検討していきます。
利益が800万円を超えたら法人化?
個人事業主で事業を始めた人も、途中で法人化(法人成り)を検討することがあります。
そのタイミングについて、「利益が800万円を超えたら法人化したほうが良い」「売上が1000万円を超えたら法人化したほうが良い」なんて話を聞いたことはないでしょうか?
これは、概ね間違いではありません。
個人事業主が事業で得た利益は所得税の対象となり、累進課税制度が適用されるため最大で45%に達します。また個人の場合、年間の所得が290万円を超えたときには一部業種を除き5%の個人事業税が発生します。
一方、法人の税率は利益800万円以下の場合は15%、800万円を超える部分は23.2%となります。そのため、売上や利益で考えたときに、800~900万円の所得が損益分岐点になるというわけです。
もちろんそれ以上に売り上げや利益が大きくなればなるほど、個人よりも法人形態のほうが税金面で有利になるでしょう。
ただしこれはあくまで一般論であり、実際にどちらがお得かは人それぞれケースによって異なりますので、売り上げや利益が損益分岐点近くに差し掛かってきた場合は一度税理士などの専門家に相談するのが良いでしょう。
個人事業主と法人の比較
売上や所得によってどちらが税制面で有利かは今説明したとおりですが、それ以外にも個人と法人ではどちらがお得なのか?比較すべき項目は多くあります。
ここからは個人事業主か法人かを選択する際に、検討項目としてよく挙がるものについて説明していきます。
税制面の違い
さきほど、個人事業主では所得税や個人事業税が、法人では法人税がかかってくるとお話しました。
そのため利益が大きくなればなるほど、法人のほうが税負担が軽くなるということでしたね。
その逆に、赤字になった場合はどうでしょうか。
個人の場合、利益がゼロだったり、赤字であれば特に支払うべき税などは発生しません。一方で法人の場合、法人税の均等割として最低でも7万円の支払いが必要になります。
また赤字を繰り越せる期間も異なります。個人事業の場合は赤字の繰り越しは3年ですが、法人では10年まで繰り越しが可能です。そのため、前年度までは赤字で、今年急に大きな利益が上がった場合などは、法人のほうが赤字を繰り越せる期間が長いため、節税効果が大きくなる可能性も高くなります。
このように黒字・利益が出たときだけでなく、利益が出ずに赤字だった場合にも個人事業と法人では全く処理が異なるのです。
経費の幅の違い
法人と個人の違いについては、経費もよく挙げられるところでしょう。
個人事業主と法人では経費として認められる幅が違います。
どちらも事業に関わる支払いは経費として認められますが、法人ではそれらに加えて経営者や家族に支払う給与(役員報酬)や賞与、退職金なども経費として認められます。
また自宅兼事務所の場合、個人事業主では家賃や光熱費を事業使用分のみ按分して経費に算入しますが、法人であれば社宅として契約するなどして、より多くの金額を経費として計上することができます。
車両関連費なども、法人名義の車両であれば車両代や駐車場代、ガソリン代、車検費用、保険代、自動車税などのほとんどを経費にできるでしょう。
その他出張の日当や生命保険、福利厚生費なども法人にのみ認められた経費です。
このように、法人は個人事業主に比べて経費として認められる幅が広いため、適正な範囲で経費に算入することで、節税効果を高めることができます。
社会保険の違い
社会保険制度への加入についても、個人と法人では違いがあります。
個人事業主であれば、従業員が5人以下の場合社会保険(厚生年金、健康保険など)の加入は必須ではありません。
一方法人の場合、代表者1名の会社であったとしても社会保険への加入は必須となります。
加入の際の届出や加入に伴い発生する毎月の手続きなどの手間も増えますし、社会保険料の負担も必要になります。
ただし、法人の場合は保険料の半分は会社負担として経費に算入することができますし、所得によっては個人が加入する国民健康保険よりも社会保険のほうが保険料が安くなります。
これを利用して、個人事業主として事業を行いながら代表者1名の「マイクロ法人」を設立して、個人事業と法人を掛け持ちする人もいます。
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設立や運営手続きの違い
個人事業主と法人では、事業を始める際の手続きにも違いがあります。
個人事業主として開業する場合は、税務署に開業届を提出するだけで、特に費用などもかかりません。
一方で法人の場合、たとえば株式会社の場合であれば定款の認証費用、登録免許税、印紙代など必ず発生する実費だけで24万円程度の費用がかかってきます。合同会社でも、10万円程度かかります。
また会社の設立手続きから登記完了までには概ね2週間~3週間かかります。
その他、法人の場合は登記内容に変更があった場合も、日数や費用がかかることがあります。基本的に法人は個人業主よりも各種の手続きが複雑で、手間も日数もかかってきます。
廃業・事業をやめる際の違い
事業をやめる、廃業する場合でも法人と個人では扱いが異なります。
個人事業主の場合、開業時と同じように税務署に廃業届を提出するだけで手続きが完了します。
一方で法人の場合、法務局へ「解散登記」「清算人選任登記」「清算決了登記」を行います。また税務署には「廃止届」を提出します。
その他、各所に必要な書類を提出したり、その際にかかる費用も支払う必要があったりと、法人の廃業(解散)には非常に手間がかかります。
また、赤字などが大きくなりこれ以上事業が継続できない、やむを得ず廃業する、という場合は特に注意が必要です。
法人の場合、会社が倒産しても法人と代表者個人は別人格で、有限責任となります。そのため会社に債務があったとしても、その債務を代表者が代わりに負うということは原則ありません。
一方で個人事業主の場合、無限責任となり、事業上の債務に対して個人資産も含めて責任を負わなければなりません。
その他、事業を継承する場合も、法人であれば会社と個人は別人格ですから、特に問題なく継承が可能ですが、個人の場合あくまで事業を営んでいるその「人」が収入を得ているという考えになるため、事業を行う人が変わる場合は届出を出したり、資産の所有権を正しく移転させる必要があります。
事業継承においては、圧倒的に法人のほうが個人よりもスムーズに済みます。
このように、廃業時においても個人事業主と法人では全く性質が異なりますから、創業時に廃業のことまで考えることはなかなかないかもしれませんが、ざっくりとでも事業の将来的な展望まで見据えて個人事業主か法人かを選択するのが良いでしょう。
まとめ
今回は個人事業主と法人ではどちらがお得か?ということについて、様々な観点から検討してきました。
要点をまとめましょう。
- 個人と法人どちらがお得かは売上や事業規模で異なる
- 事業規模が大きいほど、法人のメリットも大きくなる
- 事業内容や状況によりどちらが最適かは変わる
結論、個人事業主と法人どちらがお得か?は個々の状況によって変わります。
たしかに一般的に言われる「利益(所得)800万円以上」「売上1000万円以上」はひとつの目安になりますが、あくまで目安にしかすぎません。実際にどちらがお得か?は、所得や税制面だけでなく、将来的な展望や個人の考え方によっても変わります。
もし個人事業主か法人かで迷っているのであれば、一度専門家に相談してみるのも手でしょう。
売上や利益、税金や経費など多岐に渡る計算を自身で正確に計算するのは困難です。
その点、たとえば税理士は税金や経費など、事業経営に関するお金事情に精通していますから、自身の事業と照らし合わせてどちらがいくらくらいお得になるのか?数字で納得のいく根拠を提示してくれます。
間違った選択をして思わぬ損をしないためにも、専門家のアドバイスなども参考にしつつ、十分に検討してください。