- ある日突然、税務署から電話が…
- うちの会社は大丈夫だろうか…
税務調査は、法人経営者や個人事業主の方にとって、大きな負担となりうる出来事の一つです。
しかし、適切な知識を持って正しい準備をすれば、過度に恐れる必要はありません。
この記事では以下の点を網羅的に解説します。
- 税務調査の基本と全体像
- 連絡が来てから調査後までの具体的な対策
- 調査官が特に注目するポイント
- 専門家である税理士を頼るべき理由
税務調査に対する漠然とした不安は「具体的な備え」へと変わり、冷静に対応できる自信が湧いてくるはずです。
もそも税務調査とは?基本を理解しよう
まずは、税務調査そのものへの正しい知識を身につけ、冷静な対応への第一歩としましょう。
税務調査は「任意調査」がほとんど
「税務調査」と聞くと、ある日突然、大勢の調査官がやってきて強制的に捜索する…といったドラマのイメージを持つ方もいるかもしれません。
しかし、それは「マルサ」とも呼ばれる「強制調査」であり、特に悪質で重大な脱税の嫌疑がある場合に、裁判所の令状に基づき行われる特殊なケースです。
国税庁が行う税務調査のほとんどは、法律(国税通則法)に基づく「質問検査権」によって、納税者の協力のもとで行われる「任意調査」です。
そのため、事前に税務署から電話で日程調整の連絡が入るのが一般的です。
ただし、「任意」といっても調査を拒否したり、質問に答えなかったり、虚偽の答弁をしたりすると罰則が適用される可能性がある「受忍義務」があります。
基本的には、法律に基づいて対話で進められる手続きであると理解しておきましょう。
調査の種類 | 対象 | 特徴 |
---|---|---|
任意調査 | ほとんどの法人・個人事業主 | 事前通知あり。帳簿等の提示は任意だが受忍義務がある。 |
強制調査 | 重大な脱税の嫌疑がある場合 | 裁判所の令状に基づき、強制的に行われる。 |
ポイント
事前通知の電話で希望日時を伝えられても、業務の都合などを伝えて日程を調整することは全く問題ありません。
顧問税理士がいる場合は、すぐに税理士に連絡し、日程調整から代わってもらうのが一般的です。
税務調査の対象になりやすい法人・個人事業主の特徴
税務署は、限られた人員で効率的に調査を行うため、過去の申告データや様々な情報から「申告内容に誤りが生じやすい」あるいは「不正計算の可能性が高い」と想定される事業者を対象に選びます。
具体的には、以下のような特徴が挙げられます。
- 創業・設立から3年以上が経過し、事業が軌道に乗っている
- 売上や利益が急激に伸びている
- 過去の調査で申告漏れなどの指摘があった
- 同業他社と比較して、特定の経費の割合が著しく高い(例:交際費、外注費など)
- 現金商売(飲食店、小売店、美容室など)で売上の把握が客観的に難しい業種
- 海外取引や輸出入を行っている
- 消費税の還付申告を行っている
これらに当てはまるからといって必ず調査対象になるわけではありませんが、日頃から丁寧な経理を心がける意識が重要です。
税務調査はいつ、何年分を調べられるのか?
税務調査は、一般的に直近3年分の申告内容について調べられることが多いです。
ただし、申告内容に不正や重大な誤りが疑われる場合は、最大で過去7年間に遡って調査される可能性があります。
これに関連して、帳簿や領収書などの書類は、法律で定められた期間、適切に保存しなければなりません。
法人
原則として、事業年度の確定申告書の提出期限の翌日から7年間(欠損金が生じた事業年度は10年間)の保存が必要です。
個人事業主
- 青色申告:帳簿や決算関係書類は7年間。請求書や領収書などのその他の書類は5年間の保存が必要です。
- 白色申告:帳簿や書類は5年間の保存が必要です。
最近の税務調査の動向(インボイス制度・電子帳簿保存法との関連)
近年、税務の世界では大きな制度変更がありました。
これらは今後の税務調査にも影響を与えると考えられます。
- インボイス制度: 仕入税額控除の要件が厳格化されたことで、適格請求書(インボイス)の保存や記載内容のチェックがより重要になります。
- 電子帳簿保存法: 電子データで授受した請求書等の保存が義務化されました。データの保存方法が法令の要件を満たしているか、という新たな観点での確認が行われる可能性があります。
これらの新しい制度への適切な対応は、将来の税務リスクを低減させる上で不可欠です。
(参考:国税庁 インボイス制度特設サイト、国税庁 電子帳簿保存法特設サイト)
【時期別】税務調査の対策マニュアル
税務署から連絡を受けた時点から、調査は始まります。
しかし、慌てる必要はありません。時期ごとに「やるべきこと」を一つひとつ着実に進めましょう。
【調査連絡〜事前準備】 やるべきことリスト
調査を円滑に進める上で、事前準備は極めて重要です。
以下のチェックリストに沿って、万全の体制を整えましょう。
【最重要】税理士への連絡
まずは、顧問税理士に連絡してください。
もし顧問税理士がいない場合でも、税務調査に精通した税理士を探して相談することをお勧めします。
税理士は、あなたに代わって税務署との日程調整を行い、今後の対策を具体的に示してくれます。
専門家が介在することで、精神的な負担も大幅に軽減されます。
必要書類の整理と確認
調査対象期間(通常3〜5年分)の以下の書類を、すぐに提示できるよう整理しておきましょう。
- 総勘定元帳、仕訳帳
- 請求書、領収書、契約書
- 預金通帳(法人のもの、個人事業主の場合は事業用口座のもの)
- 売上台帳、在庫管理表(棚卸表)
- 株主総会議事録、取締役会議事録
- 源泉徴収簿、給与台帳 など
経理処理の再確認
税理士と共に、申告内容に誤りがないか、経理処理の根拠が明確でないものがないかを確認します。
特に後述する「指摘されやすい科目」は重点的に見直しましょう。
この段階で誤りを発見できた場合、自主的に修正申告を行うことで、加算税が軽減される可能性があります。
想定問答の準備
調査官から質問されそうな事項について、税理士と論点を整理しておきます。
「なぜこの勘定科目の金額が大きいのか?」「この取引の具体的な内容は?」といった質問に対し、慌てずに事実に基づいて説明できるよう準備しておくことが重要です。
【調査当日】 の心構えと対応策
いよいよ調査当日。
緊張すると思いますが、以下のポイントを心に留めておけば、冷静に対応できます。
誠実な対応を心がける
調査官も職務として調査を行っています。
高圧的な態度や、何かを隠すような素振りは避け、聞かれたことに対しては誠実かつ正直に答えましょう。
安易な即答は避ける
記憶が曖昧な場合や、すぐに事実確認ができない場合は、その場で推測で答えず、「確認して後ほど回答します」と伝えましょう。
不正確な回答は、後々、より深い疑義を生む原因になりかねません。税理士が同席している場合は、答える前にまず税理士と確認する姿勢が賢明です。
事業に関する質問への対応
調査官は、事業内容や業務フローに関する質問を通じて、申告内容との整合性を確認しようとします。
例えば、事業に関係のないプライベートな質問に感じられても、経費の妥当性を確認する意図が含まれている場合があります。
質問の意図を考え、聞かれた範囲で簡潔に事実を述べることが大切です。
帳簿や書類の提示範囲
調査で提示を求められた帳簿書類は提示する義務がありますが、明らかに調査と関係のないものまで見せる必要はありません。
提示範囲に疑問がある場合は、同席している税理士に相談しましょう。
【調査後】 の流れと交渉
通常1〜2日の実地調査が終わった後も、重要なプロセスが続きます。
調査官からの指摘事項の説明
調査官から、調査で確認された問題点や疑問点について、非公式な形で説明(講評)があります。
交渉・協議
指摘された内容について、税理士が納税者の代理人として、事実関係や税法上の解釈を基に調査官と協議・交渉を行います。
修正申告または更正
- 修正申告: 納税者が税務署の指摘内容に納得し、自ら申告内容を修正して、不足していた税額と加算税・延滞税を納める手続きです。
- 更正: 納税者が指摘内容に納得せず修正申告を行わない場合に、税務署長が職権で税額を決定する行政処分です。更正に不服がある場合は、国税不服審判所への「審査請求」などの不服申立手続に進むことができます。
多くのケースでは、税理士が交渉を重ね、事実として誤っている部分や解釈の相違がある部分について協議し、最終的に「修正申告」で決着します。
【要注意】税務調査で特に指摘されやすい勘定科目
日頃から適正な経理処理を行うことが、最大の税務調査対策です。
ここでは、特に調査官が注目する傾向にある勘定科目と対策を解説します。
売上計上漏れ・計上時期のズレ
- なぜ指摘されやすいか
税額計算の基礎である売上は、調査の最重要項目です。意図的な除外はもちろん、期末の売上を翌期にずらす「期ズレ」も厳しくチェックされます。
- 調査官はどこを見るか
請求書、納品書、契約書、預金通帳の入金履歴などを相互に照合し、計上漏れや計上時期の誤りがないかを確認します。
- 対策
請求書と入金の管理を徹底し、特に期末前後の取引は、商品やサービスの提供が完了した日を基準に正しく計上する。
架空人件費・不相当な役員報酬
- なぜ指摘されやすいか
勤務実態のない親族への給与支払い(架空人件費)や、正規の議事録を経ずに役員報酬を増減させるケースは、典型的な否認項目です。
- 調査官はどこを見るか
タイムカード、出勤簿、業務日報、雇用契約書、株主総会議事録などを確認し、勤務実態や適正な手続きの有無をチェックします。
- 対策
従業員の勤務実態が客観的に分かる資料を整備する。役員報酬の変更は必ず株主総会等で決議し、議事録を適切に作成・保管する。
私的経費と事業経費の混同
- なぜ指摘されやすいか
事業主や役員のプライベートな飲食代や旅行費用などが、事業経費として処理されていないかは、頻繁に論点となります。
- 調査官はどこを見るか
際費や福利厚生費などの領収書について、「誰と」「何のために」支出したのかを具体的に質問し、事業関連性を確認します。
- 対策
飲食費等の領収書には、参加者や目的を記録しておく。家族との食事など、明らかに私的な支出は経費に計上しないことを徹底する。
在庫(棚卸資産)の計上漏れ
- なぜ指摘されやすいか
期末在庫を意図的に少なく計上すると、売上原価が過大に計上され、利益を圧縮できるため、誤りや不正操作が起こりやすい項目です。
- 調査官はどこを見るか
期末の実地棚卸表と帳簿残高が一致しているか、在庫の評価方法(低価法、原価法など)が適切かを確認します。
- 対策
会計期間の終了時には必ず実地棚卸を行い、品名、数量、状態などを正確に記録した「棚卸表」を作成・保管する。
外注費と給与の区分
- なぜ指摘されやすいか
本来は「雇用」契約に該当するにもかかわらず、「業務委託」として外注費で処理すると、会社は源泉所得税の徴収義務や社会保険料の負担を免れることができます。
そのため、その実態が偽装でないかを厳しくチェックされます。
- 調査官はどこを見るか
契約書の有無や内容、指揮命令関係の有無、時間的・場所的な拘束の有無などから、実態が「雇用」か「請負」かを総合的に判断します。
- 対策
外注先とは必ず業務委託契約書を締結する。
業務の進め方について細かな指揮監督を行わないなど、雇用契約である従業員との区別を明確にしておく。
【まとめ】税務調査を乗り越えるための重要ポイント
この記事の要点を振り返りましょう。
- 税務調査のほとんどは事前通知のある「任意調査」。正しい知識と準備で冷静に対応できる。
- 調査の連絡が来たら、速やかに税務調査の経験が豊富な税理士に相談するのが賢明な選択。
- 事前準備が極めて重要。税理士と共に書類を整理し、申告内容を再点検する。
- 当日は「誠実な態度」と「安易な即答を避ける」姿勢が重要。
- 売上、人件費、経費の公私混同などは特に注目されやすい。日頃からの適正な経理が最大の防御策。
- 税理士への依頼は、精神的・時間的・金銭的な負担を最小化するための有効な手段。
税務調査は、会社の経理体制を見直す「健康診断」のような側面もあります。指
摘事項があれば真摯に受け止め、より健全な経営を目指す機会と捉えることもできます。